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2021/11/09

社会学、哲学関連書籍の買取 【35冊 買取金額 6,480円】「ロスト欲望社会: 消費社会の倫理と文化はどこへ向かうのか」(橋本努 編著、2021年 勁草書房)

今回は社会学や哲学の関連書籍を中心に買取させていただきました。全体としては35冊、買取金額は6,480円となりました。その中でも特に良い査定額をおつけできたのが以下の商品です。

「文法理論の諸相」
「科学革命の構造」
「現代哲学基本論文集〈1〉 双書プロブレーマタ」
「パース著作集―Peirce 1839‐1914 (1)」
「記号学 (パース著作集)」
「現代哲学基本論文集〈2〉 (双書プロブレーマタ)」
「形而上学 (パース著作集)」
「交差する辺野古: 問いなおされる自治」
「〈つながり〉の戦後史 尺別炭砿閉山とその後のドキュメント」
「ロスト欲望社会: 消費社会の倫理と文化はどこへ向かうのか」
「岩波哲学小辞典」
「カルナップ哲学論集」
「社会科学の理念―ウィトゲンシュタイン哲学と社会研究」

「記号学 (パース著作集)」「交差する辺野古: 問いなおされる自治」「社会科学の理念―ウィトゲンシュタイン哲学と社会研究」の3冊は1冊あたりの査定額が500円以上でした。

しかし、今回一番高い金額で買い取らせていただき、なおかつ内容も一番気になったのがこちらの本。

「ロスト欲望社会: 消費社会の倫理と文化はどこへ向かうのか」(橋本努 編著、2021年 勁草書房)

です。査定額は1,000円を超えました。今年出版されたばかりで状態も良かったことに加えて、内容的にも今何かと話題のSDGsにもつながるような人々の消費行為についての本ということで、人気も高く需要が見込めることから良い査定額をつけることができました。

こちらの本ですが、橋本努「編著」となっているように、橋本氏の単著ではなく複数名の共著、具体的には第二次世界大戦後の人々の消費行為について、それぞれの切り口やスタンスで評論した8名の学者の論文で各章が構成された論文集となっております。

序章に編著者の橋本氏が戦後日本の人々の消費行動についての3つのフェーズ、すなわち

①戦後(1945年)から1960年代までの「近代」

②1970年代から1990年代中頃までの「ポスト近代」

③1990年代半ば以降の「ロスト近代」

を紹介しており、全体としてはその類型にのっとった形で人々の消費行為を考察しています。

 

ざっくり私が理解した各フェーズの特徴をまとめますと、

①「近代」=生活ニーズに沿った大量消費の時代、市民団体や生活クラブなどによる第三領域的な団体による消費適正化行動が見られる

②「ポスト近代」=記号消費が全般化した時代、知的・文化層からより洗練した消費行動への修正要請、記号消費への批判が見られる

③「ロスト近代」=自分の潜在可能性に関心を向けた消費の時代、市場と政府、第三領域の相互侵食が見られる

といった具合になります。それぞれの時代において、消費する財の「価値」認識が異なるためにこういった変化が起こっているということです。

 

こういった変化があることは、「ポスト近代」に生まれ、「ロスト近代」に今生きている自分としては実感をもって感じられるところであり、「近代」から「ポスト近代」「ロスト近代」と向かう時代の中で主婦たちが担い手となっていた「手芸」が「ハンドメイド」と呼び名を変え、自宅を彩る趣味的な側面から、自己表現の場であり同時に食い扶持を稼ぐ手段と変化したことに注目した章(第3章「承認としての生産=消費」神野)などは、切り口も身近なものであり、「なるほど」と納得できる部分も多くありました。

しかしながら、自然環境や他国労働者の労働環境にまで配慮したエシカル消費や、社会の持続可能性に寄与するような消費行為について、人々に苦痛を強いることなく浸透しているとするような楽観的(第1章「快楽としてのエシカル消費」(畑山))な言説には「ん?」となるところも多く、人によって賛否が分かれる内容も多く含んでいると思いました。

おそらく、「ポスト近代」時代の記号消費に慣れた世代としては、エシカル消費など一見禁欲的に見える行動に、どうしても「我慢」が付随するのではないかというイメージが拭えないのですよね…。第1章では、そのエシカル消費ですらも「その消費行為が結果的により「良い生活」をもたらすことを目的になされるのであれば、結局のところ人々は快楽的な選択をしたことに なる」というのは納得できるような、詭弁のような…と、ひねた見方をしてしまいました。

説得力を欠くもう1つの理由としては、過去に比べれば比較的成熟した消費行為が行われている現代を代表する企業として「無印良◯」や「ユニ◯ロ」が挙げられていることかと思います。これらの企業を例に出す文脈の中で、記号的消費ではない、よりシンプルな自分の存在する空間の充実を主眼とした消費がなされている、としています。しかし、これらの大企業の商品を選択する大衆の動機がすでに記号的である(=シンプル・ライフという標榜にそった別の記号消費に形を変えただけに過ぎない)ことの矛盾が解消できない気がするのですが、いかがでしょうか。

 

・・・本書著者には2000年代以降に博士号をとった若い執筆者が多いことも特徴的かと思います。本書には他にも、ショッピングは利己的でない利他的「アガペー的愛」によってなされているのである、というようなイギリスの消費論の大家・D.ミラーの論文の紹介などがあり、「消費行為は洗練されたものに変化している」というのが本書全般に漂う雰囲気かと思われるのですが、それが現代を生きる若者たちの総意に近いのであるならば、「ポスト近代」生まれの中年が悲観的になるのは余計なお世話なのかも知れません。

読後の感想をシェアしてみたいな、と思った一冊でした。

 

今回も良書をたくさんお譲りいただき、ありがとうございました!

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