2025/07/25
数学書・英語学習書の買取【1,376点 83,446円】
今回は数学書を中心とした書籍を買い取りました。
当店では大学学部生が授業で使うテキストからはじまり大学院生・大学教員・研究者が使用するような専門性の高い書籍までを広く取り扱っております。
そのような専門書をお持ちの方は英語で論文執筆される機会も多いようで、理工系の書籍の中に英文法や英作文の本が混じっていることがよくあります。
今回のレビューでは、そのような本—英語論文の書き方のガイドブック―をピックアップします。
目次
著名作家のご尊父です
それがこちらの本
『日本語からはじめる科学・技術英文の書き方』(石黒鎭雄著,1994,丸善株式会社)
です。
まず、著者の石黒氏について簡単に触れます。奥付の著者の略歴には
と書かれています。※なお、石黒氏は2007年に他界されています。
もう少し補足して書きますと、彼は1940年代から物理学などの知識を駆使して波圧計などの海洋観測機器を開発し、その観測機器や潮位解析装置は北海の高潮を予測可能にしました。1950年代には北海で大洪水が起こり沿岸のイギリスやオランダでは甚大な被害が出ていたこともあり、彼の発明はイギリスの科学博物館にも展示されているそうです。本当に優秀な学者さんだったのですね。
※参考ページ:東京海洋大学の同窓会「一般社団法人 楽水会 , 一般社団法人 日本海洋学会 「海の研究」
ところで、1960年の渡英には彼の家族も帯同したのですが、このとき6歳だった長男の名を一雄といいます。この少年が2017年にノーベル文学賞を受賞することになる作家カズオ・イシグロです。
世界に伝えたいなら日本語から見直せ
本書は、前段でご紹介したような豊富な在外研究経験をバックグラウンドとして「日本の科学論文数百編を英訳出版」していた著者が、海外で通用する論文の書き方=英語に訳されたときに正しく伝わる論文の書き方を伝授するガイドブックです。
著者は「まえがき」で次のように書いています。
そして、
とも。
そうなのです。
石黒氏が本書で訴えるのは英訳の技術を磨くことではなく、「英訳する前の日本語論文自体を、まずなんとかしなさい!」ということなのです。『日本語からはじめる~』というタイトルの重みが改めて感じられます。
そのようなわけで、大きく2部構成となる本文のうち第1部では実際に著者が読んだ理工学系の大学・研究所員の日本語論文の中から「英訳するのに良くない文」をポイント別に例示、その都度どこが悪いのか、どうしたら内容が正しく伝わる文になるのかを伝授していきます。そして、第2でようやく英訳の仕方に触れるという構成になっており、圧倒的に第1部に多くのページが割かれています。
本書のターゲット
ところで、本書で引用・例示されている文章は、科学的な学術論文からのものがほとんどです。しかし、著者は「科学論文の書き方」ではなく「科学・技術文の書き方」という表現にこだわっているように思えます。
それは、本書が学術論文のみではなく
ように書かれているからです。
確かに、工業製品の仕様書や取扱説明書は客観的に、正確に伝える必要があるという点で科学の学術論文と同じです。それらの内容が上手く英訳されなかったがために事故が起きたり、本来の実力を発揮できなかったりするのでは困ってしまいますからね。ものづくり界隈の方たちにも大変参考になる本だと言えます。
文学的な文章指南は守備範囲外
前段のように比較的広い読者を想定した本書ですが、1つだけ注意していただきたいことがあります。それは、本書はあくまで科学・技術文の書き方を伝授するために書かれた本であるという点です。
導入部で下手にカズオ・イシグロとの血縁関係を仄めかしたせいで、「文学的観点からも美しい文の書き方を教えてくれるのだろうね?」と期待してしまう読者もいるかも知れませんが、著者はまず、科学・技術文と人文科学(哲学・思想・文科・社会科学)分野の論文における文章の美点は、それぞれ異なることを強調しています(「第4節 文学・文科論文・科学文の違い」(p8~9)参照) 。
この「客観性」「正確さ」「能率よく伝える」という部分は本書における「良い科学・技術文」の第一条件となっています。一方で、
と、文学的文章は主観が重視される点で異なっており、文学的文章の書き方指南は本書の守備範囲外です。
科学・技術文を明瞭にする6つの法則
では、実際にどのような点に気を付けて日本語原文を書けばよいのか…というのが本書の核なのですが、ここでは著者が紹介する、文を明瞭にする以下の6法則をご紹介するにとどめます。(p21~「第12節 文の明瞭さ」より)
- 文章は簡潔なほど明瞭である。
- 多くの内容を1文に詰めると、不明瞭になる。
- 必要な語句が欠けると、不明瞭になる。
- 乱雑な記述順序は、文を複雑・不明瞭にする。
- 不必要な語句は、主要部分を遮蔽し不明瞭にする。
- 読みにくい語句や文は、不明瞭と同じ結果になる。
本書で紹介されている日本語原文をより良い形に整えるための各トピックは、結局すべてこの6法則に還元できるといってよいと思います。
例えば、日英語の比較でよく言われることですが、
- 日本語で省略されがちな主語は、その部分を明瞭にしないと正しく英訳されないこと(第16節「主語」p40~)。
- 語調を整えるための接続詞(したがって/しかしながら/もしくは/すなわち etc.)も多用すると不明瞭になる(第23節「文のリズムのための語句」)。
などが挙げられています。それぞれ、前者は「法則3.」に、後者は「法則5.」に関連するという具合です。
その他にも論文で用いられがちな
- 「前者」「後者」の正しい使い方(p85)
- 文中の括弧の使い方(p93)
などなど、微に入り細を穿つ指摘が全74節にわたりなされており、この1冊で科学・技術文の英訳対策はかなり捗るのではないかと思います。
鮮やかな添削を裏付ける豊富な知識
筆者(スタッフN)は今までに科学・技術文を書いたことも、これから先の人生で書く予定もないですが、それでも、この本を読むのはとても楽しかったです。
その理由は第1に、良くない例として挙げられた「文字面の意味は分かるにもかかわらず内容理解に時間がかかった文章」や「そもそも意味が汲み取れなかった文章」が、石黒氏の手にかかるとスッキリとして理解可能な文章に変わるのが大変爽快だったからです。
上述したように石黒氏は文学的な文章指南は本書の対象外であるとを繰り返し述べていますが、人文科学の分野の論文でも「このように書けば不明瞭な書き方は避けられるな」と学べる部分は非常に多いと感じました。
そして、第2に著者の豊富な知識量が垣間見られる点です。
著者は、科学・技術文は「正確に」「効率良く」伝えること以外に「科学・技術文は未知の内容を読者に伝えるのだから、誰が読んでも新しい事柄(発明や概念)が分かるように書くことが肝要」と説きます。
読者と前提知識を共有していない中で新たな概念を文字のみで、しかも簡潔に説明することは想像以上に難しいことだと思いませんか?
例えば文学的な文章を読む際、その文章表現から受ける印象や登場人物の心情が全く共有されていなければ、読者はその世界に入っていくことができません。見方を変えれば、文学的文章の書き手は読者と印象・心情を予め共有している(読者もそれを知っている)前提で筆を進めているはずです。
ところが、科学・技術文ではそれが封じられているというわけですね。…にも関わらず、実際には未知の事柄を周知の事実のように記述してしまい、結果、読者が理解できなくなっている科学・技術文がたくさんあるといいます。そして、石黒氏はそのような伝わらない文章に少しの手を加えることで、伝わる文に変えてしまうのです。
ここでよくよく考えると、添削者(石黒氏)はその文章が本来伝えたがっている事象を理解していなければ語句を補ったり削ったりすることはできないはずですよね。本書で紹介された石黒氏の手になる添削科学・技術文の分野は、ざっと見るだけで光学や生物学・プログラミング・音響学など非常に多様です。そのような広範囲に及ぶ知識がどのように蓄えられたのか、そんなところにも俄然興味が湧いてしまいます。
先生、怒ってますよね?
また、本書の面白ポイントその3は、終始冷静に、それこそ客観的に読者を導こうとしているかに見える著者の感情の乱れがそこここに観察される点にあります。
そもそも、本書に挙げられている良くない日本語原文の例は以下のように収集されています。
「記録しておいた」とあっさり書いていますが、普通の人ならそもそもそんなことはしそうにありません。
そして、収集した後の解析にも気合が入っています。例えば、「10 科学・技術文章の水準」「14 1文の長さと句読点」などで示される以下のようなデータがあります。

図1(上)は著者が日本語で書かれた論文(日本語原文)を英訳した際に不足や過剰な語が何件あったのかを数え、その頻度を表したグラフ。図2(下)は不足過剰が多い質の悪い日本語原文を英訳するのにどれくらい時間がかかるのかを表したグラフ。(p17)

上の図は「明瞭で読みやすい文学文」「明瞭で読みやすい科学文」「不明瞭な科学文」で、それぞれどれくらいの文字数の文が多く、その1文の中で読点(、)は何回使用される頻度が高いのかを表した図。(p36)
・・・この「イケてない」文例を探し出し、記録して、解析するというネチっこさ!マメさを通り越して狂気にすら感じるのですが、私だけでしょうか。
そして、
など、ダメ論文著者へのちょっと強めのお怒り感情が溢れ出てしまっている箇所が散見されます。
もちろん、著者が本書を執筆した動機は「日本の科学者・技術者のアイディアが正しい形で世界に伝わるようにしてほしい」という優れた科学者らしいものであることは間違いがないとは思います。ですが、「もしかして先生、汚い文章読まされてイライラしてますよね?しかも、そんな文章の英訳に時間をとられて怒ってますよね?ここで愚痴ってますよね?」とも想像してしまうのです。
石黒氏自身がそんな楽しみ方をされることを望んでいたとは決して思えませんが、額に青筋立てながら間違いを数え上げている感情的な石黒博士像を妄想してしまえるのも、実は本書の味だと感じました。
そして、どうしても息子カズオ・イシグロとのリンクを考えたくなってしまうのですが、文系か理系かという違いはあれど、「伝わる文章を書く」というこだわりを貫く点において、やはり2人は非常に似た者親子だったのではないかな?と思いつつ本を閉じたのでした。
今回の高額買取商品一覧
全体的な点数も多かったですが平均的な買取額も高めとなった今回、1点700円以上の買取額をお付けできたものを下表にまとめております。
クリックすると拡大表示されます。
(買取額は市場の需要と供給のバランスにより変動するため、現在とは異なる可能性がございます。上記は2025.6.13時点の金額です。)
1970年代から2010年代まで新旧問わず貴重な書籍がたくさんありました。中には絶版などの事情により中古市場でしか出回らないものもありましたので、次に読みたい方にとってはまさに宝の山だったかと思います。
ただ冒頭書いたように、このような専門書籍を多く所有しているのは大学教員・研究者などであるケースも多く、今回のお荷物の中にも学会誌や図書館などの除籍本も含まれておりました。大変申し訳ございませんが当店ではこういった学会誌や除籍本は買取対象外となっております。似たようなラインナップで売却をお考えの方は、対象外書籍をお送りいただくお荷物から予め除外していただけますと幸いです。
また、今後買取依頼をご検討の方は以下のページもご参照ください。
【買取れるもの・買取れないもの】
【ノースブックセンターのこと】
今回もたくさんの良書をお売りいただき、誠にありがとうございました!
スタッフN
※下の画像の書籍は送っていただいた本の一部です。








