2025/11/28
心理学に関する書籍の買取
今回は、心理学・社会理論・社会政策を中心とした専門性の高いコレクションをお譲りいただきました。
行動科学から対人関係論、コミュニケーション、福祉政策、文化論まで
人間の営みを理論的に掘り下げる書籍が多く見られました。
その中から、現代の働き方やメンタルヘルスにも深く関わる一冊をご紹介いたします。
目次
“バーンアウト”現象
『バーンアウトの心理学 燃え尽き症候群とは』久保真人、サイエンス社、2005年
“バーンアウト”、日本語に訳すと“燃え尽き症候群”。それまで普通に仕事をしていた人が、突然燃え尽きたかのように意欲を失い、離職・転職をしてしまうという意味を指すこの言葉(p.1-2)。知っている、あるいは使ったことがある、そうでなくても聞いたことはあるという方もいらっしゃると思いますが、このバーンアウトは近年注目される、ストレス性疾患の1つに数えられるのです(p.16)。
本書ではバーンアウトが医療・教育・福祉といった、顧客にサービスを提供することを職務としている“ヒューマン・サービス”と呼ばれる現場で注目を集めていることを発端に(p.1)、バーンアウトの定義やその背景と要因、ストレスとの関連性について論じられています。バーンアウトおよび心理学に関心を持たれる方への入門にはぴったりだと感じられますが、他方で専門用語を用いつつ、バーンアウトの研究・測定方法にも広く触れられている印象です。基礎的な事柄を習得しながらも、研究にも目が向けられる。まさに入門+αとして、専門領域の一端を覗くことが出来る構成にもなっているのではないでしょうか。
MBIという測定方法
ではこのバーンアウト、どのようにして測定可能となるのかが気になるところです。そもそもの始まりを見ると、「(…中略)バーンアウトという言葉は、エネルギー、力、あるいは資源を使い果たした結果、衰え、疲れはて、消耗してしまったことを意味する」として、バーンアウトという言葉を学術論文で初めて取り上げたのは、フロイデンバーガーという人です (p.21)。しかし、一種の流行語になったこの言葉を実証的に、いかに測定して定義付けるかという試みが始まりました(p.23)。
そこで、バーンアウトの尺度化に挑んだのが、マスラックを中心としたグループ『マスラック・バーンアウト・インベントリー(Maslach Burnout Inventory:MBI)』です(p.24)。数多くの研究にも採用されているMBIですが、自己記入方式を用いて、回答者は各項目に示されている気持ちを、どのくらいの頻度で経験したことがあるか7段階で答える形となっています(同上)。
このような研究をする上で鍵となると思われるのが、MBIを構成する22項目は3つの因子に分けられる、つまりバーンアウトに特徴的な症状を3グループに分類出来るというもの。かなり端折ってしまいますが、どのような因子があるのかというと…
- 情緒的消耗感:「仕事を通じて、情緒的に力を出し尽くし、消耗してしまった状態」(p.26)。バーンアウトによって生じる心身の消耗感の源が「情緒的な資源の枯渇」にあることから“情緒的”と付く。相手を思いやり、受け入れ、私的な領域にまで問題解決に取り組むことが求められる代表的な職種として、[1.“バーンアウト”現象]で触れたようなヒューマン・サービス職が挙げられる。
- 脱人格化:MBIマニュアル第3版によると「サービスの受け手に対する無情で、非人間的な対応」(p.27,本書では以後“クライエント”と記載)。クライエントの名前を呼ばずに識別番号などの没個性的なラベルを付ける、思いやりに欠けた紋切り型の対応をする。この原因として、情緒的資源を使い果たした結果、さらなる資源の消耗の防止、節約の目的がある。クライエントとの間に距離を置いた客観的判断を下す1つの防御反応。
- 個人的達成感:MBIマニュアル第3版では「ヒューマン・サービスの職務に関わる有能感、達成感」と定義(p.28)。それまで高いサービスを提供してきた人にとって、サービスの質の低下は自他ともに明白になるため、従事者としての自己評価の低下は個人的達成感の低下にも繋がるとされる。
本書ではヒューマン・サービスに重要な利他的な奉仕的精神が、バーンアウトのリスク要因を高める性格特性として挙げられているのに加えて、バーンアウトを「理想に燃え使命感にあふれた人を襲う病」と述べています(p.89)。無論、必ずしもこの特性だけで引き起こされるとは限らないのですが、それまで献身的に相手に寄り添いながら業務に取り組んでいた時期と、以上の3つの因子を比較すると、バーンアウトによる変化が顕著かつ深刻であることが分かります。他方で、『脱人格化』のような徹底的な管理・距離感の乖離を含む因子の存在と、そのような態度はバーンアウトに苦しみながらも、資源を確保しようとする姿勢がおのずと施されていることへの人間の心理の不思議さを感じます。
さて、バーンアウト研究の先駆けともいえる、マスラックらによるMBIは事実上の世界標準になりましたが(p.39)、その後研究者らによってその信頼性・妥当性が検討された結果22項目の尺度が改善の余地があることが示されています(p.29,37)。また、「MBIの中でも情緒的消耗感がバーンアウトの本質であり、後の2つは派生した症状に過ぎない」とする“バーンアウト単因子説”や(p.39)、「バーンアウトは軽症から重症にいたる進行性の病である」といった“バーンアウト段階説”(p.48)、ひいてはMBI以外の尺度として、消耗感のみに研究を絞った“バーンアウト・メジャー(the Burnout Measure : BM)”なども生まれています(p.69)。
以上の研究方法・議論は本書で取り上げられている内容のほんの一部に過ぎず、実際には第3-4章にかけてバーンアウト研究の初期から因子構造、より具体的な見解が解説されています。また、MBI・BMは記入式の自己報告制ゆえに、正確な気持ちや考えを常に回答出来るのかといった尺度の信頼性・妥当性の課題を唱える、測定に関する問題点も浮上していることが見えます(p.83-84)。本研究で交わされる考え方の多さに圧倒されるばかりですが、筆者は章の最後をこう締めくくっています。
この二〇年間の間、おびただしい数の研究の蓄積を経て、バーンアウトに関わる事柄のほとんどが解明されているかと問われれば、残念ながら、限定的な理解しか得られていないことを認めざるを得ません。そして、バーンアウトに関わる事柄のなかで、最もわかっていないのは、そもそも、バーンアウトとは何なのかという基本的な問いに対する答えであることに気づかされます。(p.86)
本書の初版刊行年は2004年のため、現在のバーンアウト研究の進歩にどのような変化が見られているのかは分かりません。しかし当時は、膨大な研究を経てもなお、当時の専門領域では「バーンアウトとは何か」という根本的な問いを掴めていないという実態があったのでした。数々のバーンアウト研究が発表されているから解明が進んでいるのではなく、実際は解明には至らないが故にここまでの研究量になっているのかもしれないと思うと、気が遠くなるような感覚になります…。
どう向き合うか
研究年数を重ねても、完全な定義には到達していない “バーンアウト”ですが、他方で多くの研究の中から、バーンアウトを引き起こす要因や対処法も幅広く検討されていることが窺えます。
まず社会的背景の要因として挙げられるのは、バーンアウトの現象が問題となった70年代中期以降、個人主義の浸透から人間関係の希薄化が生じ、生活上の問題をヒューマン・サービスに依存、結果として従事者に多くの負担がかかるというもの(p.3)。筆者は後者を日本国内の課題として当てはめ、(刊行から10年後の)2014年の高齢化予測も踏まえると、ヒューマン・サービスの需要は比較にならないほど増大するとしています。2025年現在でもなお、少子高齢化問題は取り上げられ続けていますが、今日の人手不足の問題も併せて考えると、ヒューマン・サービスへの負担が何層にも重なっているように感じます。
上記の問題は未だに留まるばかりですが、では、ヒューマン・サービスの現場で起こり得るバーンアウトの要因、組織と個人で取り組める策とはどのようなものなのでしょう。
環境要因でいうと、ヒューマン・サービスで見られる「クライエントとのあわただしい、ゆとりのない関係が日常化している」こと、人との付き合いも多大なエネルギーを消費するという意味も含めての「荷重負担」(p.101)と「人間関係」(p.119)が挙げられます。加えて、自らの自由裁量で仕事を進められる「自律性」(p.103)と、意思決定出来る機会(コントロール)が低く、過重な負担を他者から強いられる「仕事要求度」(p.106)の高さも含まれているのだそうです。
ここまで読むと、「それなら、(クライエントではなく主に同業者といった)他者との付き合いも程々にして、ストレスを減らし、各々仕事を進められるのが一番理想的だ!」という考えがよぎるのですが、これらの“負担”が過少であるのもリスクがあるといいます。各自のペースで仕事が出来る環境下でも、適切な管理が無い自由は無秩序であり、消耗感が高いことや(p.113)、人間関係はバーンアウトの抑制になるとして、他者からの金銭面の支援・有益な情報の伝達・さらには慰めるなどの支援行動を包括して呼称される“ソーシャル・サポート”の重要性が示されています (p.121)。
上記を踏まえてヒューマン・サービスの現場における職場間の不干渉の改善、コミュニケーションをとる機会を設け、個人裁量を支援する組織介入の環境づくりの策が提唱されているのを読むと(p.127)、バーンアウトの問題に対する方法が興味深い構造になっていると感じます。「自由」と聞くと、何ものにも干渉されない開放的なニュアンスに聞こえますが、実際には孤立感へと陥りかねない淵の側面も持ち合わせているのかもしれません。個人の自由と役割の持続の奥底を覗くと、そこには連携の基盤が求められているとも感じます。社会的背景でも述べられていたように、個人主義が生んだ人間関係の希薄さがヒューマン・サービスへの依存へと繋がることと併せてみると、徹底した個人主義が招くメリットの傍ら、リスクについての考えも深まります。
燃え尽きないために
先にバーンアウトになりやすい特徴として、理想や使命感が強いことに少しばかり触れましたが、こちらは個人要因として数えられます。また本書では5因子モデルからなる「ビッグ・ファイブ(Big Five)」(p.90)や、コバサという人が提議した「頑健さ」の概念がストレスに強い性格特性(p.92)といった研究も取り上げられています。ビッグ・ファイブというと、昨今で話題となっているMBTI診断に続いてインターネット上で見かける心理用語(診断)のような気がしますが、本書ではストレスおよびバーンアウトと関連付けられて述べられており、新しい視点が得られると思われます。
しかし個人の差を強調し過ぎるあまり、バーンアウトを個人の原因に帰属するような見解を助長させてしまう可能性があることから、個人差を扱った研究というのは多くはないとのことです(p.100)。著者も、個人に帰属させてばかりでは職場改革などの模索や、具体的なアクションを起こせないので、改善として優先されるべきは環境内であると述べています(同上)。確かに、個人に焦点を当てた研究は、誤ると対象者の人格の指摘、それに伴う負担と研究倫理的な問題にも発展しそうです。
一方で、個人の範疇で出来るバーンアウト・ストレスへの対処行動も本書で検討されています。その中でも個人的に初耳かつ目を惹いた方法が「突き放した関心(detached concern)」です(p.135)。筆者によると、ヒューマン・サービスの従事者が悩みや疾患といった価値観を共有するには多大な労力が必要であり、この突き放した関心は心身ともに消耗してしまうことへの「防衛線」の役割を果たし、共感しながらも一定の距離を取ることが消耗の回避への対処法なのだそうです(同上)。もちろん、この技法を得るのは簡単ではなく、能力に見合った理想と現実を考慮し、一人で抱えきれない時は周りに助言を求め、サービスの質を維持するといった、現場での質と量を要するとのことです(p.136)。個人で出来ることに加えて、先に挙げた環境要因も相まって成せられる対処法という印象を受けます。
とはいえ、この『突き放した関心』。クライエントとの距離を取るという点では、MBIにあった『脱人格化』と似通ってなくもないかも、と感じましたが、「燃え尽きないためにも一定の距離を取ろう」という工夫に違いがあるのだと思います。理想を目指すのが悪いのではなく、理想を追いかけるために、現実の見方を採用することで、燃え尽きずに進んで行くことが出来るのではないでしょうか(先の自由⇔連携などの対義を感じますが)。個人なりの解釈を入れて恐縮ですが、燃え続けるためには(一定の燃料として)現実にも目を配る冷静な視点(水)が必要なのかもしれないと考えました。
膨大な研究量を経てもなお、その定義付けに難航する「バーンアウト」。しかし、「人は時に燃え尽きてしまうことがあるらしい」ということを自分や周囲の環境が留意することから、理想と現実の双方のバランスを取れる余白が生まれ得るのかもしれません。
おわりに
買取額は市場の需要と供給のバランスにより変動するため、現在とは異なる可能性がございます。上記は2025年11月時点の金額です。
ノースブックセンターでは、今回のように哲学をはじめ、心理学や思想等、社会学の専門書も積極的に買取しております。
整理をご検討の際は、ぜひ当店にご相談ください。
今回も良書をたくさんお売りいただき、ありがとうございました!
スタッフL
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