2026/01/30
人文学関連書籍の買取
買取日記ジャンル
今回は文学・思想・文化研究をテーマとした書籍をお譲りいただきました。
近代から現代にかけての日本文学・海外文学をはじめ、文学思想、文芸評論、文化史といった分野の専門書が揃っており、研究者や読書家の方にとって読み応えのある内容が印象的なラインナップです。その中から、こちらの1冊をご紹介いたします。
『漱石の思ひ出 附 漱石年譜』夏目鏡子 述・松岡 譲・筆録、岩波書店、2016年
目次
妻・鏡子から見た漱石
こころ、坊っちゃん、吾輩は猫である、小説家。
この4単語から連想して、すぐにある人が頭に浮かぶと思います。文豪 “夏目漱石“。近頃は人名と彼の作品のみならず、偉人のエピソードとして彼の逸話をちょくちょく小耳に挟んだ方もいらっしゃるのではないのでしょうか(極度の甘党でジャムを一瓶まるまる舐め切ったとか、(真偽不明ですが)「月が綺麗ですね」の翻訳とか)。
とはいえ先に挙げたエピソード、私個人からすると(単に調べていないだけですが)出典元不明、インターネットで見たことある程度。じゃあ、「漱石はどのような人で」「何を言って」「何を思っていたのか」を書き記した、いわゆる出典表記が可能な“漱石の公式逸話集”のような類の本はあるのでしょうか。パッと思い付いたものでいうと、随筆集『硝子戸の中』。こちらは漱石が書いたということもあり、彼自身の思いの丈が表れているように思います。
…じゃあ、第三者から見た漱石の姿を綴ったものは?そんな好奇心から調べた結果、本記事でこちらの一冊を取り上げようと思いました。
漱石の妻・鏡子さんから聞いた漱石との思い出話を、夫妻の長女・筆子の夫である松岡譲氏が筆録・刊行した本書では、2人のお見合いから、漱石の葬式にまで及ぶ20年の結婚生活を記しています(帯より引用)。松岡氏曰く、『漱石の思ひ出』は研究や評伝、正確な伝記ではなく、要は鏡子さんの「思ひ出」であり、一部分は「見聞録」に過ぎず、主として家庭における先生の生活記録ではあるものの、しかし「こゝには幾多の作物を裏附けるべき根本資料があり、作者その人を知るべき研究資料があって、夫人の目に映じた人間漱石の姿が、やさしい真実の魅力のうちに、生々と物語られ伝へられて居るのであります。」とのことです。
本書は研究成果の末に生まれた一冊ではないこと、また正確な伝記かと言われると、鏡子さんの目に映り、もしくは耳にしたものとして考えると、その正確性には検討の余地があることも想定されます。しかし文豪・夏目漱石だけではなく、夫・家族としての彼を捉えることが出来たのは、鏡子さんただ1人だけ。本書は貴重な鏡子さんの語りや主観が生きており、それらを通しての漱石の姿を呼び起こすというのは、従来の逸話とは色の異なる “思い出”という独自の様相が発揮されていると思うのです。
さて、この『漱石の思ひ出』は1つの語りにつき1つの章でまとめられていて、短編集の如く非常に読みやすいという印象です。全ての話を書き出すわけにはいきませんが、個人的に特に印象深い箇所を抜粋しました。
「構ってはいられない」と言うけれど
お見合いを経て、婚約と結婚式を挙げた2人。
漱石は松山から熊本の高等学校に赴任することが決まり、熊本での生活が始まるのですが、早々に鏡子さんは漱石からこう宣告されます。
「俺は学者で勉強しなければならないのだから、お前なんかにかまつては居られない。それは承知してゐて貰ひたい。」(p.28)
漱石の立場を考えると、新天地で研究に集中したいのは山々、無理もないだろうと想像は出来るのですが…。新婚生活、開口一番にこう言われるのはなかなか来るものがあります。しかし鏡子さん、自身の父親が役人で本をよく読んでいたため、学者の勉強をするくらいはびくともしなかったそう。
むしろ困り事といえば、それまでとは違う少人数の田舎に来たことで買い物も不慣れ、家事はやってはいたけれど、どこから手をつければ良いのか分からないということなので、見よう見真似でやっていたのだとか。ちなみに、漱石は学校の生徒に見られるのが嫌という理由で、2人が一緒に散歩や買い物に行ったことはなかったようです。
漱石は研究、鏡子さんは家の事で精一杯。これから続く20年の結婚生活とは一体…?そんな興味と心配が混じり合うのですが、ページをめくるにつれて2人のやり取りが語られています。9月に一週間ほど九州旅行に出かけた夫妻は、帰宅後に旅行中の俳句を沢山作り、正岡子規に送ります(漱石と子規の親交は有名ですね)。そしてある日、漱石から俳句をやってみないかと誘われた鏡子さんは、その時の心境をこう語っています。
(…中略)十七字をならべてみました。が、どうならべてみても句らしい句になつた例がありません。よく笑はれたりしていまゝしく思つて居りますと、或る時、やはり俳句の本を読み乍ら転げかけて笑つて居ります、何が可笑しいのかと訪ねますと、この句が可笑しいのだと申して示した句が、 両方にひげのあるなり猫の恋 といふのです。此方も一つけちをつけるつもりで、どうせ相手が猫なんですもの、両方にひげのあるのは当り前ぢやありませんか。ちっとも可笑しいことなんかないぢやないのといつた具合で抗議をしますと、だからお前には俳句がわからないんだつて、たうとう愛想をつかされて了ひました。(p.34)
九州旅行と一連の俳句作りの思い出を読むと、“構っていられない”空気感に満ちていたとは思えないのです。実際には、時として漱石の肖像からは想像出来ない笑顔を見せるくらいのやり取りが交わされていたのではないのでしょうか。鏡子さん自身も一方的に笑われてばかりではなく、抗議という体で言い返しているあたり、2人は構い構われている関係でもあったのではないかと想像します。
(ちなみに上記の“猫の恋”の俳句、私もちっとも可笑しい俳句ではないという鏡子さんと同意見なのですが、俳句にお詳しい方なら、どう読まれるでしょうか。猫にひげがあるのは当たり前だから、「ひげのある」とは詠む必要性は無いということ?)
では、漱石と子どもたちとの関わりはどのようなものだったのでしょう。
漱石がロンドンへ発った後のこと。元々筆不精かつ次女が生まれ、多忙であることから手紙を書いていなかった鏡子さんは、漱石から便りが無いことを指摘されるのですが、そこで考え付いたのが『筆の日記』です。
筆といふのは私どもの長女のことで、毎日床につく前になると、其日其日の日課の積りで、一日起きてから寝る迄の筆の行動を書きますのです。勿論甚だ面白くもないたわいのない記録で、朝起きてオバサンが何処へ連れて行つてくれたとか、こんなおいたをして遊んでゐたとか、泣いたとか笑つたとか歯がどうしたとか、風邪を引いたとか、そんな他人が見たら一向つまらないことを根気よく欠かさず書きました。それが一月もたつと相当にたまるので、ロンドンへ送つてやることに致したのです。するとそれは大層喜びまして、「筆の日記」が非常に面白かつたと、それからは送る度に礼をいつてくれました。(p.94)
デジタル上の常時接続的なやり取りにあまりにも慣れているせいか、一日の記録を書き溜めて送る、という手法をみると、2人の間に流れる空間が特別で、時間がゆったりとしたものに感じられます。同時に、イギリスという異文化圏での生活を送る中、妻の筆を介して娘・筆子さんの1日を辿ることで、漱石は不可視ではあるけれども子どもの思い出を追体験していたのかもな、と想像しました。
また、鏡子さんは「甚だ面白くもない」「他人から見たらつまらない」とは言うものの、一ヶ月間の記録を綴るのは容易いものではなく、それだけの厚みになることは、日々の生活には僅かながらも色々な変化が起きているように思います。現に幼き筆子さんを追う内容であれば、万華鏡のように表情や行動がコロコロと変わることでしょうし、見ていて(読んでいて)飽きないのかもしれません。そして何よりも、手紙を送る度に礼を言ってくれたとあるあたり、漱石がいかに筆の日記に関心を示していたかが分かります。
“便りの無いのは良い便り”。それも一理ありますが、便りが無いことを案じて積極的な交流を試みることもまた、美しいと思うのです。
ちなみに、筆の日記はその後1年続きましたが、最終的にはいつの間にか止まっていたようで、漱石が帰国後に手紙が纏まってカバンから出てきて以来、これらはどうなったかは定かではないそうです。
心の中
夏目漱石はロンドンで苦悩し、帰国後も苦しんだ、というのは知られていることと思いますが、本書には加えて、その最中に何を思案していたのかまでもが語られています。漱石は留学生の義務として年に1度研究報告をしなければならず、懸命に勉強はしているが目鼻がつかない、報告するものが無い。宿の夫人曰く、毎日部屋に閉じこもって悲観して泣いている。留学中の様子を引用・列挙してみると、重々しい様子が分かると思われますが、さらに鏡子さんが後に漱石から聞いたところによると、このように話していたそうです。
(…中略)あたまの調子が少しづゝ変になつて来ると、これではいけない、こんなになつちやいけないと、妙にあせり気味になつて、自分が怖くなるといふのか警戒し気味になつて、だんヾ自信を失つて行く。それでなるべく小さくなつて、人に接しないやうにと心掛けて、部屋に閉ぢこもつた切り自分を守つて行くのだそうです。それが病気の第一歩で、さてそれから自分が小さくなつておとなしくしてゐるのに、一向人がそれを察せず、いぢめよういぢめようとかゝって来る。(…中略)これ程自分はおとなしくしてゐるのに、これでもまだ足りないでいぢめるのか。そんなら此方にも考へがある。もう此の上はおとなしくなんかしてないぞといつた気持だつたらしいのです。(p.105)
新婚時、そして『筆の日記』との温度差が一目瞭然ですが、鏡子さんが聞いた漱石の語りにじわじわとした滲み出る苦悩を感じざるを得ません。突然悩み出すというよりも、第一に様子がおかしい自分自身と同時に、それを察知するもう1人の自分が予めいるのではないでしょうか。「前とは違う自分」を感じて「それに焦る自分」「それを見て怖がる自分」を余所に、外の人間はいじめてくると思い込み、いよいよ深く沈んでいく「自分」が精神を先導する。強い悩みを告白する漱石の語りには、後の書き手としての能力が隠れ見えるような俯瞰した口調、そして慣れない土地と留学生故の重荷があるように思います。現に、『筆の日記』以降の手紙には、彼方(イギリス)へ行ってみると、此方(日本)でそれ程思はなかつたことが気になると言って、鏡子さんの髪や歯並びのことを指摘が書き記されていたとのことですが、語学の課題や両国間のギャップにも堪えていたのではないかと想像出来ます。
さて、イギリス留学の帰国後、漱石は文科大学の講師として、小泉八雲(現在放送中の朝ドラ“ばけばけ”のモデル!)の後任として教鞭を取りますが、学校は根っから面白くなく、依然として調子は悪かったものの、義務観念が強い人なだけに欠勤や遅刻は無かったそうです。
「しかし季節が移った6月の梅雨頃、そして7月にかけて悪くなる一方で、夜中に手当たり次第に物を放り投げる、子どもが泣くと怒り出す、そうでなくても時には何が何やらさつぱりわけがわからないのに、一人で怒って当たり散らしていた」と鏡子さんは言います。本文中には、以前とはまるで違うともありますが、これまでの漱石の姿を連続して辿っている読み手側としても、同一人物であることの驚きと、今に至るまでの漱石の思い出が遥かに遠いもののようにも思えてしまいます。しかし三女を妊娠中であること、そして漱石を考慮し、実家に戻るか否かのやり取りが行われていた際に、鏡子さんは母親にこう打ち明けます。
(…中略)夏目が精神病ときまればなほ更のこと私はこの家をどきません。私が不貞をしたとか何とかいふのではなく、謂はば私に落度はないのです。なる程私一人が実家へ帰ったら、私一人はそれで安全かも知れません。しかし子供や主人はどうなるのです。病気ときまれば、傍に居つて及ばずながら看護するのが妻の役目ではありませんか。(…中略)一生病気が直らなければ私は不幸な人間ですし、なほつてくれゝば又幸福になれるかも知れません。危険だといふことも万々承知してゐるから、子供たちなんかも十分注意して行きます。どうか一切このことについては実家の方から指図がましいことをして下さらないやうに… (p.122)
このことを振り返った彼女は、「今其当時のことを思ひ出して見ましても、どうしてあんなところに居たものかと、むしろぞっとする位ですが、本当に其時は生きるか死ぬかの境に立つてゐたやうなもので、自分では全く一生懸命で死物狂ひだつたのです」と語っています。鏡子さんの言葉には、幸福も不幸も共にする覚悟の一蓮托生がある…という激情的な感想を此方が抱くような決死の説得が見えます。しかし他方で、漱石による行動は彼の病が由来なのだから、此方に落度を感じる必要も無いといった、ある種の感情を見極めた線引きが為されていたようにも思えるのです。先にあげた漱石の文科大学時代の義務観念と同様、鏡子さんもまた、懸命に漱石に向き合うことの死にもの狂いの観念が、己と相手を支える柱になっていたのかもしれないと考えました。
なお、漱石の心の状態は、明治37年の春~夏頃にかけて、大分調子が良くなったとありますが、本書ではそうした紆余曲折の道のりまでもが明瞭に書き記されています。
文筆以外にも
最後に、本書は漱石の文筆業に限られない側面が書き記されているという印象を強く抱きました。
話は遡りますがロンドン留学時、調子の悪かった漱石は医者や下宿先の主婦に運動を勧められたそうで、自転車乗りを始めます。
「よくおつこちて手の皮をすりむいたり、坂道で乳母車に衝突して、以後気をつけろとどなられたりして、それでもどうやら上達して、(…中略)余程気分も晴れやかになつたと見えて、大分あたまもなほりかけて来たそうです」(p.106)。
夏目漱石は留学中に苦心していたという簡潔な逸話だけを耳にしていた身としては、彼が現地で自転車に乗っていた事実に衝撃を受けましたが、気持ちが下向きになったら身体を動かすと良いという説は、過去に彼が既に実行していたとも言えます。“自転車に乗った”事実に加えて、そこに至る経緯と熟達具合までもが記憶として残されていると、読み手側としては漱石による自転車の練習風景が目に浮かぶばかりです。本書ではこのような、漱石の功績を見るだけでは辿り着かないような、彼の文筆業以外の嗜みや側面も所々で語られています。
そして、最後にもう1つだけ。鏡子さん曰く、漱石が小説を書き始めるまでの長年の癖があったそうで
(…中略)夜寝床の中に入る時に、うんとこさ読みもしない本を枕元へ持ち込むのが毎夜のことでした。(…中略)ぢや読むのかと思へば、別段読む様子もなく、感心に今夜はいつ迄も本を開いているなと思つて薄目をあけて見てますと、いつまでたつても頁をめくる音がしません。何の事、一頁も読まないうちにもう眠ってゐるのです。読みもしない本を御苦労に持ち込まなくてもと申すのですが、手持ち無沙汰なのかともかく何かしらん持つて来ては枕元に重ねておくのです(p.161)。
以上の癖は自分で小説を書き始めてからは無くなったとのことですが、いわばこの“就寝前の積み読”、そして“手持ち無沙汰”という言葉に、もしかしたら中には当てはまる方もいらっしゃるのではないか…とふと思いました。枕元以外にも、バッグの中に忍ばせておくのもありそうです。私自身、 (読むかはさておき)とりあえず近くに本を置いておかないと何となく気が休まらない気持ちになることが多々あるため、恐れ多くも、漱石に対してシンパシーなるものが芽生えた瞬間でした。
漱石と鏡子さんの20年に及ぶ結婚生活をめぐる語り。その中のほんの僅かな箇所を抜粋してきましたが、大まかな逸話(例えば新婚生活、ロンドン留学、調子の優れない日々など)には実はいくつものストーリーが付随していて、漱石および鏡子さんの人生を一言で言い表せるかというと、否と答えるほかありません。
このことは夏目漱石という人に対しても同様で、その逸話ともう少し詳細に踏み込んだ事柄を読んでもなお、「こういう人である」と要約が出来ませんでした。思い出を語るのはある人を明瞭にする一方で、一層多面性と謎を残すのかもしれません。しかしだからこそ、その人の印象を端的に断言せず、そのままの思い出を見ることもまた、当人を把握することになり得るのではないでしょうか。
※ちなみに文中には、鏡子さんが『硝子戸の中』について言及している箇所がいくつか見受けられます。漱石の同書と本書を併せて読んでみるのも、また面白いかもしれません!
おわりに
| ISBN | タイトル | 査定 |
| 483150677X | 江戸読本の研究: 十九世紀小説様式攷 | 750円 |
| 4875021917 | 英国心霊主義の抬頭: ビクトリア・エドワード朝時代の社会精神史 | 750円 |
| 476749074X | イギリス哲学・思想事典 | 580円 |
| 4883032507 | シュトルム名作集 2 | 560円 |
| 4309717373 | 黄金のイェルサレム (河出海外小説選) | 540円 |
| 4901988298 | 昭和一〇年代の文学場を考える: 新人・太宰治・戦争文学 | 480円 |
| 4582838502 | 〈戦後文学〉の現在形 | 480円 |
| 4829911034 | 水の文化史―水文学入門 | 470円 |
| 4000044842 | 日本書紀〈上〉 (日本古典文学大系〔新装版〕) | 440円 |
| 4327180548 | [第4巻 ゴシック] オトラント城 / 崇高と美の起源 (英国十八世紀文学叢書) | 420円 |
| B000J7MLII | 状況認識の文学教育 (1982年) (有精堂選書〈5〉) | 380円 |
| 4906010660 | 台湾の日本語文学: 日本統治時代の作家たち (五柳叢書 44) | 380円 |
| 4891769181 | 魔術的リアリズム: 20世紀のラテンアメリカ小説 (水声文庫) | 380円 |
| 4820414143 | 図書館トリニティの時代から揺らぎ・展開の時代へ | 370円 |
| B000J97GC2 | 言葉と小説―ヌーヴォー・ロマンの諸問題 (1969年) (現代文芸評論叢書) | 360円 |
| B000J9A6QA | ノーベル賞文学全集〈4〉クヌート・ハムスン.アナトール・フランス.ヴワディスワフ=スタンスワ (1971年) | 350円 |
| 4921146314 | 賢治・幾多郎・大拙: 大地の文学 | 330円 |
| 4344951816 | 芸術教養シリーズ15 20世紀の文学・舞台芸術 近現代の芸術史 文学上演篇I (芸術教養シリーズ 15 近現代の芸術史 文学上演篇 1) | 320円 |
| 4772213961 | 文学 人 地域: 越境する地理学 | 300円 |
| 4000237330 | 漱石の思ひ出――附 漱石年譜 | 300円 |
買取額は市場の需要と供給のバランスにより変動するため、現在とは異なる可能性がございます。上記は2025年12月時点の金額です。
ノースブックセンターでは、今回ご紹介したような日本近代文学をはじめ、文学研究・文芸評論・思想史などの専門書も積極的に買取しております。
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今回も良書をたくさんお売りいただき、ありがとうございました!
スタッフL
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