2026/02/27
文化人類学・哲学関連書籍の買取
買取日記ジャンル
今回は、文化人類学、哲学関連の書籍をお譲りいただきました。その中から、気になったこちらの1冊をご紹介いたします。
ミシェル・セール;清水高志 2016『作家、学者、哲学者は世界を旅する』水声社
目次
はじめに
本稿は、ミシェル・セールの『作家、学者、哲学者は世界を旅する』を紹介するとともに、各所に散りばめられた思想的断片の余白を読み解くことを目的とする。セールの文章は断片的であり、その狭間に沈殿するぎこちなさは、ときに読解を難しくする。本書の要約を通じ、その非連続で混濁とした思索の旅をたどることで、彼が提示する知の姿の一端を描き出していこうと思う。
旅としての思考
ミシェル・セールの思索において、「旅」とは修辞的装飾でも、主体の内面的遍歴を指す隠喩でもない。むしろそれは、認識が自己を成立せしめる際に必然的に引き受けねばならぬ運動性、すなわち知の生成条件そのものを指示する際の概念である。世界は、あらかじめ秩序づけられ、同質的に配列され、体系的に把握されうる総合の対象として存在するのではない。世界とは、異種混淆、層位錯綜、非同時的共存を本態とする出来事の叢生であり、統一的視座、包括的体系、確固たる基礎付けを原理的に忌避する場である。それゆえ、世界を思考するとは、確固不動の立脚点を占拠し、そこから対象を裁断する行為ではなく、境界、裂隙、周縁を遍歴しつつ、自己の位置そのものを不断に脱臼させる営為にほかならない。
本書において掲げられる作家、学者、哲学者という三つの名辞は、制度的身分や専門的職業を区分するための標識ではない。それらは、世界との関係様式、すなわち知がいかなる速度と軌道をもって世界に触れ、いかなる配置において言語を析出させるかを示す存在論的アナロジーである。作家は神話、物語、寓意の層を漂泊し、比喩と連想の奔流に身を委ねることで、意味の多義的氾濫を引き受ける。学者は資料、実証、理論の諸層を往還し、経験的事実と抽象的概念の緊張関係を暫定的に縫合する。哲学者は概念と概念の間隙、意味が未だ定着せざる中間地帯に逗留し、思考の不確実性そのものを条件として引き受ける。しかれども、これら三者はいずれも固定的身分として峻別されることはなく、相互侵潤と相互変質を通じてのみ、知は生きた運動として存立する。
混成・中間領域・攪乱
セールが執拗に排撃するのは、純粋、中心、根拠への偏執であった。近代以降の学知は、およそ方法の精緻化、対象の限定、領域の囲繞を通じて自己を正当化してきたが、その過程において排除され、棄却され、不可視化されたものは枚挙に暇がない。雑音、逸脱、神話、情動、身体性といったものは、非合理の烙印を押され、思考の外部へと逐われてきた。だが、世界は本来的に混濁不純であり、自然と文化、科学と神話、理性と感性は、分離以前に相互浸潤的に共存している。ゆえに、純化とは理解の深化ではなく、世界の複雑性を削減し、思考を貧困化する操作にほかならない。セールはここにおいて、混成、錯綜、汚濁を、克服すべき欠陥ではなく、思考が世界に存在し続けるための不可欠の条件として肯定する。
また、旅する知とは、異なる領域を高次の統一へと回収する総合知ではない。それはむしろ、領域の輪郭を曖昧化し、分類の自明性を瓦解させる攪乱の運動である。港湾、橋梁、辻、海峡といった空間が反復して召喚されるのは、それらがいずれにも帰属しきらぬ中間領域、すなわち秩序と秩序の狭間に開かれた空白を体現しているからである。かかる場において、意味は宙吊りにされ、言語は定着を拒み、思考は既存の配置から逸脱を余儀なくされる。哲学者が世界を旅するとは、全体を俯瞰する超越的視座を獲得することではなく、足場の不確かさそのものを引き受け、思考を危殆の只中に晒し続けることなのである。
畢竟するに、セールの提示する知の姿とは、完成を志向する体系知ではなく、未完、偶発、断絶を内包したまま、世界との応答を持続させる遍歴的思考である。作家、学者、哲学者はいずれも世界を所有する主体ではなく、世界を通過する仮寓の存在であり、その通過の痕跡として言葉を遺すにすぎない。世界を旅するとは、世界に最終的意味を付与することではなく、意味生成と崩壊の過程そのものに身を置き続けることである。その終着なき遊動こそが、知がなお世界と関係しうるための、唯一の可能性なのである。
遍歴する知
ところで、この遍歴的知は、単なる方法的嗜好にとどまらず、知そのものの政治的布置を根底より撹拌する企図として構想されている。よしんば、中心を措定し、根拠を確保し、純粋性を標榜する思考は、つねに正統と異端、可視と不可視、支配と沈黙との分節を随伴する。かかる分節は、知の秩序化と引き換えに、無数の声、雑多なる経験、体系化を拒む断片を周縁へと逐いやる。セールは、この秩序形成そのものを思考の成熟とは見做さず、むしろ知の硬直化、感受性の衰耗として批判的に捉える。世界は本来的に中心なき多極的配置として現れ、諸要素は偶発的、水平的に結合し、離散し、再結合を繰り返す。しからば、知もまた一点に収斂することなく、分散、逸走、回帰を反復する運動としてのみ存立しうるだろう。
かかる遍歴的知が孕む倫理的含意は深甚である。旅するとは、異質な領域に身を投じ、異言語、異論理、異感性に曝され、自己の理解の枠組が破綻する危殆の瞬間を引き受けることである。そこにおいて、理解不能性は克服されるべき欠陥ではなく、関係が成立していることの徴候として肯定される。完全翻訳、完全合意、完全共有なるものは、近代理性の幻想にすぎず、むしろ誤解し、遅延し、齟齬を内包した関係性こそが、世界との接触を持続させるのだ。とどのつまり、セールにおいて、知とは他者を把握し尽くす支配的能力ではなく、他者に触発されつつ変容し続ける耐性、すなわち被攪乱性の引き受けである。
さらにセールの思索は、科学と人文、自然と文化、理性と神話といった二項対立をも瓦解せしめる。科学的知は厳密性と再現性を標榜するが、その背後には常に比喩的想像力、感覚的直観、神話的構図が潜伏している。逆に、文学や神話は恣意的幻想として斥けられがちであるが、そこには世界を把握するための固有の論理と認識形式が脈動している。セールは、これらを対立項として峻別するのではなく、相互侵潤的に交錯する知の混成場として再配置する。知とは分野ごとに囲繞される所有物ではなく、異なる語りが衝突し、干渉し、変質する過程的生成物にほかならない。
畢竟、セールの思想が示すのは、世界を解読するための万能鍵や方法論の集成ではなく、世界とともに思考し続けるための姿勢、すなわち思考の倫理である。知は到達点ではなく過程であり、定住ではなく遊動であり、所有ではなく仮寓である。作家、学者、哲学者はいずれも、世界を総覧し裁断する超越的主体ではなく、世界の只中を彷徨し、その遍歴の痕跡として言葉を遺す旅人にすぎない。世界を旅するとは、意味の最終的確定を放棄しつつ、なお世界との関係を断念しないという、危殆にして執拗なる思考の営為を引き受けることである。その終着なき遊動、その不断の錯綜こそが、知が硬直と支配へと堕することを免れるための、唯一の可能態なのである。
おわりに
| ISBN | タイトル | 査定 |
| 4480790519 | ミシェル・フーコー講義集成〈11〉主体の解釈学 (コレージュ・ド・フランス講義1981-82) | 1,610円 |
| 4801001963 | 多としての身体: 医療実践における存在論 (叢書人類学の転回) | 980円 |
| 4805712112 | 構造的暴力と平和 (中央大学現代政治学双書 12) | 850円 |
| 4801001351 | 部分的つながり (叢書人類学の転回) | 830円 |
| 4000240161 | デリダ、脱構築を語る シドニー・セミナーの記録 | 690円 |
| 4791775562 | タイミングの社会学: ディテールを書くエスノグラフィー | 610円 |
| 4783511748 | 精神のコミュニケーション | 540円 |
| 4762824909 | 非言語行動の心理学: 対人関係とコミュニケーション理解のために | 440円 |
| 4801002870 | 非-場所: スーパーモダニティの人類学に向けて (叢書人類学の転回) | 420円 |
| 4588151401 | ベンヤミンとモナドロジー: 関係性の表現 | 390円 |
| 4065202426 | 愚行の賦 | 390円 |
| 4622076764 | 知識と経験の革命―― 科学革命の現場で何が起こったか | 360円 |
| 4588100106 | バークリ: 観念論・科学・常識 (〈思想・多島海〉シリーズ 10) | 340円 |
| 476089263X | 相互行為分析という視点 認識と文化 (13) | 330円 |
| 4588000608 | レーモン・ルーセル (叢書・ウニベルシタス) | 310円 |
| 4122057388 | アウトサイダー(上) (中公文庫 ウ 6-3) | 310円 |
| 4833202042 | 批判理論と社会システム理論 | 310円 |
| 4000615351 | バロックの哲学 反-理性の星座たち | 300円 |
| 4409030566 | アポリア: 死す-「真理の諸限界」を「で/相」待-期する | 300円 |
| 480100198X | 作家、学者、哲学者は世界を旅する (叢書人類学の転回) | 290円 |
| 4582763820 | 異都憧憬日本人のパリ (平凡社ライブラリー い 17-1) | 270円 |
買取額は市場の需要と供給のバランスにより変動するため、現在とは異なる可能性がございます。上記は2025年12月時点の金額です。
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今回も良書をたくさんお売りいただき、ありがとうございました!
スタッフT
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