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2021/04/02

哲学・思想に関する書籍の買取 「博物学の黄金時代 (異貌の19世紀)」

今回は哲学や思想に関する書籍を中心に多数の買取をさせていただきました。
その中でも特に良い査定額をおつけできたものを紹介いたします。

「エクスタシー (高山宏椀飯振舞 (1))」
「堀部安嗣 建築を気持ちで考える」
「無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考」
「聖なるもの (岩波文庫)」
「翻訳とは何か: 職業としての翻訳」
「肉体と死と悪魔―ロマンティック・アゴニー」
「辺境から眺める―アイヌが経験する近代」
「清沢満之集 (岩波文庫)」
「山口昌男コレクション (ちくま学芸文庫)」
「存在と無〈1〉現象学的存在論の試み (ちくま学芸文庫)」
「存在と無―現象学的存在論の試み〈2〉 (ちくま学芸文庫)」
「存在と無―現象学的存在論の試み〈3〉 (ちくま学芸文庫)」
「シャーロック・ホームズの記号論―C.S.パースとホームズの比較研究 (同時代ライブラリー (209))」
「博物学の黄金時代 (異貌の19世紀)」
「ムネモシュネ―文学と視覚芸術との間の平行現象」
「かくれた次元」
「阿部謹也著作集〈第7巻〉」

などなど。

お譲りいたただいた本を見ていると「うわー、この方とは語りたいわー」とか、「色々教えてほしいわ―」と思うことがよくあり、そういう時には面白そうな本が多すぎて「気になる一冊」を絞ることがなかなか出来ません。今回もそのようなケースでして。「辺境から眺める―アイヌが経験する近代」や「ムネモシュネ―文学と視覚芸術との間の平行現象」とか、「山口昌男コレクション (ちくま学芸文庫)」とかも気になり・・・目移りしてしまいます。

そうそう、ここで一言申し上げたいのですが、上のリストには載ってこなかった“査定額的にはあまり良いお値段つけられなかったもの”も興味深い本ばかりでしたよ。“お値段が高い=市場価値がある本”ではありますが、”値段が安い本=つまらない本”ではありませんからね。どの本も大切に売らせていただきます。

・・・前振りが長くなりましたが、断腸の思い(?)で一冊ピックアップした本がこちら

「博物学の黄金時代 (異貌の19世紀)」(1995年、国書刊行会)

です。著者はジャーナリスト、ブロードキャスターのリン・バーバー。原書は「The Heyday of Natural History, 1820-1870」で、19世紀といってもこの1820~70年にかけての50年ほどのヴィクトリア朝時代のイギリス社会史、文化史を描く著作です。

日本語訳のサブタイトルには(異貌の19世紀)とつけられていますが、こちらは国書刊行会から発刊されている19世紀ヨーロッパの文化・社会をめぐる著作群のシリーズ名です。

以下、国書刊行会のHP(https://www.kokusho.co.jp/np/result.html?ser_id=124)より(異貌の19世紀)シリーズの紹介文を引用します(「 」内)。

「人々の倦怠の地獄を救うために博物学やオカルト趣味は生じた。酸鼻な犯罪の流行が人々を文学への嗜欲に駆り立てた。犯罪と性、博物学と疑似科学、怪物狂いと商業革命……。看過されてきた意表衝く切り口の輻奏によって、われわれの〈今〉をつくった一文化の美と知の逆説の異貌が、ここに明らかにされる。19世紀ヨーロッパの文化・社会をめぐる最新の研究を収録、〈加速された19世紀〉としての今世紀末を照射する。」

・・・このシリーズのコンセプト自体が個人的に好みです。6作が発表されていますが、どのタイトルも気になります。似たような嗜好性のある方は是非チェックしてみてください。

 

さて、話を本書に戻しましょう。先程の引用部冒頭に「人々の倦怠の地獄を救うために博物学やオカルト趣味は生じた」とありますが、本作でも19世紀のヴィクトリア朝時代の人々が置かれた倦怠感の中で、博物学はその隆盛を極めたという論調になっています。

また、下男、下女が生活に必要な労働をしてくれるため、やることのない中産階級以上の人々がやることのない時間を埋めるために博物学研究に熱狂したという説明と、当時の自然神学という思想、すなわち、自然を深く知ることによりそれを想像し給うた神により近づけるのだという考え方を口実に博物学は人気が出たという説明には説得力がありました。この「自然神学」の感覚は、キリスト教的神を身近に置くことの少ない日本人には頭で理解はできても、実感は難しいものではないかと思います。

そんな口実がないと自然科学をより理解することに申し訳が立たなかった時代、単なる知的好奇心の探求というエゴ丸出しの動機で研究に一生を捧げられる現代の研究者たちは本当に恵まれていると思います(当事者の方の異論はあるでしょうが、ここでは受け付けません(笑))。

こちらの本では、博物学、より具体的には当時の人たちが腐心した分類学の異常なまでの盛り上がりについて時代背景やエピソードを紹介し、その狂乱の時代の全体像を描いているのですが、そのある意味「狂った」感じを上手く伝えているのが、翻訳を担当された高山宏氏の文体かと思います。上で紹介させていただいたリストの一番上の書籍、「エクスタシー (高山宏椀飯振舞 (1))」にもそのお名前が確認できますが、氏の文筆スタイルはやや癖のある怪しさを纏っていて、「異貌の19世紀」の世界観と上手くマッチしています。

本書の中で紹介される「博物学の黄金時代」はダーウィンの「進化論」にてひとまずの区切りを迎えるのですが、それまでの50年ほどの人々の熱狂、次々となされる新種(時には新種と思えたもの)発見の熱の渦中で「ひょっとしたら、ユニコーンだって本当にいるんじゃない?」といった科学とは逆進的な興奮が巻き起こったことなど、思えば滑稽であるけれども、どこかロマンに満ちた空気は少し羨ましいものがありました。

 

ああ、何かに熱中したい(←どうした)。

 

今回も良書をたくさんお譲りいただき、ありがとうございました!

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